メンデレーエフ周期律発見150周年
国際周期表年2019

朝日新聞WEBRONZA 寄稿記事全文

今年は国際周期表年、
「水兵リーベ」を楽しもう

メンデレーエフの発見から150年と
ニホニウム命名を祝って

玉尾皓平 
豊田理化学研究所所⻑、国際周期表年実行委員会委員⻑

 2019年が明けた。今年は、ロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフが「元素周期律」を発見して150周年に当たる。それに加え、113番元素ニホニウムNhを含む4つの新元素の名前が確定して118元素が出そろい、周期表の第7周期までが完成したことを記念し、ユネスコ(国連教育科学文化機関)と国際連合が「国際周期表年2019(International Year of the Periodic Table of Chemical Elements= IYPT2019)」と制定した。まずは日本化学会の中の「国際周期表年実行委員会」が開設したウェブサイトをご覧いただきたい。

 誰もが知っている「水兵リーベぼくの船」の語呂合わせは、ネットで検索すると、30万件を超す検索結果が出てくる。理科の教科書の扉を開くと目にする、また理科の教室の壁に必ず貼ってある、あの「元素周期表」。無味乾燥だけど覚えないといけないので編み出された「名作」語呂合わせと言えよう。

 だが、周期表を語呂合わせだけで終わらせてはもったいない。なにしろすべてのものは元素でできているのだ。そこで筆者が2003年に提唱したのが、「一家に1枚周期表」という美しくて情報いっぱいの周期表である(下図)。幸い、文科省の支援を受けて制作が続いている。そこには、科学技術の恩恵、特にわが国の科学技術の成果をできるだけ書き込むよう努めている。これをリビングルームに飾って科学の話をするご家庭が増えてほしいと願ってきた筆者にとって、国際周期表年はまたとない追い風である。さまざまな行事をぜひ多くの方に楽しんでいただきたいと思う。


情報満載の「一家に1枚周期表」(第10版)

メンデレーエフによる周期律発見

 元素周期律の発見のいきさつは、かなり正確に記録されている。


 メンデレーエフの周期律

 当時知られていた60種類ほどの元素の原子量などを記した元素カードを順に並べて思考していた35歳のメンデレーエフは、ある周期性を見いだし、1869年2月17日、自宅のデスクの上の封筒の裏にそれを記録した。これが最初の周期表として保存されており、コーヒーカップの跡が残っているそうだ。もちろん手書き、ロシア語だったが、その周期表をタイプしたもの(右図)が多くの出版物に引用されている。

 発表当初の周期表には、赤丸で示したように空欄があり、当時知られていなかった元素の存在と原子量が予言されていた。その後、1875年にガリウムGa、1879年にスカンジウムSc、1885年にゲルマニウムGeが発見され、彼の予想が正しかったことが証明されて、世界的に認められることとなった。

 ところで、そのメンデレーエフは日本とも縁があることが、メンデレーエフ研究家の梶雅範氏(先年亡くなられたのは誠に残念です)の著作(東洋書店ユーラシア・ブックレット『メンデレーエフ―元素の周期律の発見者』、成文社リレーエッセイ「化学者メンデレーエフの息子と明治日本」)に述べられている。これらを読むとメンデレーエフがグンと身近に感じられよう。

周期表はなぜ大事なのか

 タテに18列(族)、ヨコに7段(周期)の基本形と、その下の15元素x2段から成る周期表には、118個の元素が規則正しく配置されている。これがなぜ大事なのか、三つのことを挙げたい。


 日本化学会から発行される公式の周期表

 第一に、メンデレーエフは原子構造が何もわかっていなかった時代に周期律を見つけたこと。その後に電子(トムソン、1897年)と原子核(ラザフォード、1911年)が発見され、量子論に基づく原子模型の提唱(ボーア、1913年)があり、陽子(ラザフォード、1917年)と中性子(チャドウィック、1932年)が発見されて原子構造が明らかになった。こうして周期律の正しさが立証された意義は誠に大きい。

 第二に、天然(地殻)に存在する微量元素の発見を周期表が助けたこと。最後に発見された天然元素はごくごく微量の87番フランシウムFrで、1939年のことである。今年は、その80周年でもある。

 ところで、「一家に1枚周期表」の左上には円グラフが3つあり、中央が地殻中の元素の存在比を表している(クラーク数とも呼ばれる)。多い順に酸素Oから炭素C、リンPまで12種類の元素が地殻中の99.4%を占めているのがわかる。「その他」は0.6%である。すなわち、天然に存在する80種類ほどの元素は、何と、合計で0.6%にしかすぎない! 地殻1トン中に何グラム存在するかを表す「存在量」で比較してみると、例えば(以下、カッコ内は発見年)、ケイ素Si(1824年)277,000gに対して、コバルトCo(1735年)は20g、タングステンW(1783年)は1g、貴金属の金Au(紀元前3000年)やパラジウムPd(1803年)は0.0006g、イリジウムIr(1803年)に至っては0.000003gしかない。

 何百年(金のことを考えれば何千年)にもわたって、これらの元素の発見、単離に取り組んできた科学者たちに敬意を表さずにはいられない。しかも、発見した元素を人類は大いに活用してきたのである。そこに力を発揮した技術者たちにも敬意を表したい。加えて、地球上の資源が有限であることも共に再認識しておきたい。

 第三に、天然に存在しない元素は人類が作り出してきたこと。1932年、米国のアーネスト・ローレンスが円形加速器を発明し、人類は人工的に元素を作り出す方法を手にした。最初の人工元素、43番テクネチウムTcが合成されたのが1937年、すなわち、最後の天然元素Frが発見される2年前のことだ。このように、元素発見の歴史は、途切れることなく、天然元素から人工元素に引き継がれていったのだ。

 その後、70数年間で29種類の人工元素が合成された。初期は米国とドイツ、その後はロシア(旧ソ連を含む)を中心に達成されたが、その中にあって、理化学研究所の森田浩介博士率いるチームが113番元素の合成・発見に成功し、「理研発、日本初、アジア初」の元素ニホニウムNhとして周期表に記載されたことはまさに画期的な出来事だった。

「一家に1枚周期表」と
ニホニウムの奇しき縁

 「一家に1枚周期表」の制作が始まったのは、森田グループが113番元素合成に初めて成功した2004年夏である。早速、2005年春発行の第1版にその情報を書き込んだ。筆者は2005年4月に京大から理研に移った。その初日に森田グループの皆さんらと一緒にお酒を飲んだら、何とその数時間後の4月2日未明に2個目の合成に成功した。1個目から8カ月しか経っていない。このため筆者は「京都から来た福の神」とあがめられる存在になったが、その後、何度も一緒に飲んだのにご利益はなく、3個目の成功まで7年余を要すことになった。そこから命名権の獲得の2015年12月31日まで3年余を待たされ、ついにニホニウムNhが確定したのは2016年11月28日だった。

 2017年春発行の第10版で113番元素名を「ウンウントリウム Ununtrium」から「ニホニウム Nihonium」に変更した。その元素カード部分を拡大したのが左図である。そこには日の丸の国旗もあしらったが、見てほしいのは、森田博士が設計・開発した気体充填型反跳分離器(GARIS)とそのわきの森田博士。これは全体では数十メートルにおよぶ加速器の最後の部分で、光速の1/10まで加速された30番亜鉛Znビームが83番ビスマスBi標的に照射されてできた113番元素を洪水のようなZnビームの中から選り分ける、いわば、浜辺の砂の中から一粒の小さなダイヤモンドを選び出すような優れモノの装置なのだ。巨大な装置を開発し、原子1個ずつを扱う。この豪快さと精緻さを併せ持つ原子核物理学者のあくなき挑戦に敬意と祝意を贈りたい。

 すでに、第8周期の左端の119番、120番元素の合成研究が理研やロシアで始まっている。また、フィンランドの学者が172番元素までの存在を理論的に予想し、それらを書き込んだ将来の周期表を提案している。人工元素合成への挑戦は新たなスタートラインについたと言ってよかろう。

国際周期表年に企画されている
さまざまな活動

 国際周期表年の主行事は、1月29日にパリで開かれる開会式と、12月5日に東京で開かれる閉会式である。加えて、国内の開会式に相当する記念講演会が2月23日に日本学術会議で開かれる。その他の行事も、日本物理学会、日本応用物理学会、日本金属学会など幅広い学協会とともに産学官を挙げて実施する体制を作り上げている。

 実行委員会のウェブサイトに掲載されている「私たちの元素―エッセイコンテスト」と「私たちの元素―産学からのメッセージ」は、実行委員会幹事の山内薫東大教授が案出したものだ。前者は、中高生・大学生を対象とし、3月末と9月10日の2回の締め切りを設けている。奮って応募いただきたい。後者は企業、大学・研究所や研究プロジェクトなどを対象に、それぞれゆかりの元素を選んで100字以内のメッセージを登録いただくというもの。同時にそれぞれ独自のサイトにリンクを張ってPR情報を共有し、広告費を納めていただいて共に活動を盛り上げようとの仕組みである。あらゆる分野からの元素登録をお願いしたい。

 この取り組みが118種類の元素全てで実現すれば、わが国の科学技術の成果や産業界の情報から成るユニークな周期表が出来上がる。今年だけでなく、長く活用したい周期表となろう。

 その他、年間を通しての関連イベントを広く登録いただくサイトも開設している。わが国には、元素周期表同好会による「元素検定」をはじめ周期表研究家、愛好家や団体がたくさん活動されている。これらの皆さんと情報を共有しつつ、様々なイベントも企画実行できればと願っている。既に筆者らが取り組んできた、「O・Mo・Te・Na・Si」とか「Ga・N・Ba・Ru」「Ga・N・Ba・Re」「Ga・N・Ba・Rh・O」などの「元素ことば遊び」や、「水兵リーベぼくの船:元素ネイル」(下図左)などが、元素記号を気軽に楽しむ参考になれば幸いである。また、筆者はネクタイ専門店銀座田屋にお願いして共同で国際周期表年特製ネクタイを作り、「今年のネクタイはこれ一本!」との意気込みで愛用している(下図右)。


 元素ネイル制作︓旭天満

 ウェブサイトは来年まで2年間継続予定である。この活動を基に、周期表の美しさ、すごさを共有し、すそ野の広い継続的な取り組みにつなげていけたらと願うものである。

玉尾皓平
豊田理化学研究所所長、国際周期表年実行委員会委員長

1965年京都大学工学部合成化学科卒業、京大助手、助教授、京大化学研究所教授を経て2005年に理化学研究所へ。フロンティア研究システム長、基幹研究所長、研究顧問などを務め、現在仁科加速器科学研究センター客員主管研究員。2016年から豊田理化学研究所長。02年朝日賞、04年紫綬褒章、07年日本学士院賞、11年文化功労者。